●ニッコール 58/1.4
1960年、ニコンFと同時に発売された、同社の一眼レフ用としては初代のF1.4標準レンズである。
「F」はニコンの、そして日本のカメラの歴史を大きく変えることとなった、最も重要なカメラであると言っても過言ではない。レンジファインダー機の頂点と言われたM型ライカさえも過去の遺物としてしまうほど、その後のカメラは一眼レフ全盛時代を迎えることとなったのである。
しかし、そのFは同社のレンジファインダー機SPを「ストレッチ」して作られたのもまた事実なのだが…。
メルセデスやリンカーンなどの超高級車をリムジンに仕立てるために、車体を真ん中で切断してそこに延長用のスペースを継ぎ足して全長を延ばすやり方を「ストレッチ」と呼ぶ。ニコンFはまさにこれと同じで、SPのボディを真ん中で左右に二分割して出来たスペースに、一眼レフの心臓部分であるミラーボックスとペンタプリズム部分を挟み込むことで出来上がっているのである。
「余分な」ミラーボックスを設けた結果、レンズは前方に押し出される形となり、フランジバックを長く取らなければいけなくなった。望遠レンズならば鏡胴を短くするだけで解決する問題だが、標準レンズや広角レンズではそうもいかない。一眼レフ本体とともに、レンズの方も設計し直すことは至上の命題となった。
レンズがなければ、どんなに立派な一眼レフボディも「ただの箱」に過ぎず、ニコンがそんな状態で社運を賭けた全く新しいシステムをスタートさせる筈もなかったのである。
そんな中でこの大口径標準レンズ、5.8cm・F1.4が短期間に開発され、Fと共に発売された。

一眼レフ用にゼロからスタートして完全に新規開発の50ミリを作るには時間が足りなかったので、焦点距離を58mmとやや長めにとって、レンズ構成は従来のSシリーズ用の標準レンズから流用するという方法がとられた。そうして5群7枚から成るF1.4レンズがなんとか間に合わせられたが、レンズ・エレメントはS用の50/1.4よりは50/1.1に近似しているとの指摘もある。すなわち、ゾナー型ではなくガウス型である。
後年になって発表されるF1.2のノクト・ニッコールがこれと同じ58mmという焦点距離を持っており、50/1.1を源流とするガウス・タイプであることから、ノクトの前身とも言われる。もともと生産期間が短く、数の少ないレンズなので、そうした付加価値もあいまって中古市場での位置付けは高めとなっている。
ニコン・マニアとしては、やはり気になるレンズであろう。

F本体の標準レンズとしては、2年後に50mmF1.4が満を持して登場することになり、役目を終えた58/1.4もそれに合わせてラインナップから消えた。
役どころとしては「ピンチ・ヒッター」的な存在に過ぎなかったが、今になって一部のファンにこれほどもてはやされるとは、当時のニコン開発陣も夢にも思わなかったであろう。
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